一般人としての表現は苦手なくせに、特殊な表現は天才的な発達障害の子供たち

発達障害といえば、天才児の宝庫とも言える。

そう私が思うのは、いつも発達外来での待合室。

たくさんの発達障害児が主治医の診察を待っている訳で、それだけの発達障害児の数だけ、それだけの違った特性を持ち合わせた子供達が集結しているのだから。

個性のかたまり

個性がぶつかり合ってる

どのような表現が適切なのかは悩ましいんだけれど、とにかく私には興味深い空間としか言いようがない。

とりあえず大多数はうちの子をはじめ、じっと出来るわけがない子供たちが様々なストーリーを生み出しているのだから。

とにかく病院という場所に苦手意識を持つ人は多いはず。

一般的にはそんなささやかな心情、静かな動揺を、人はそっと心の奥にしまうことが出来る。

けれど彼らは、それを隠す術なんてものは知らないんだから。
存分に、盛大に今の感情を表に出す。

情緒が安定しない。

それが多動児。

決して彼らも暴れたいわけではないのに。

この感情をどう納めればよいのか、どう表現し、どうふるまえば正解なのかがわからない。

知的な遅れはほとんどなく、見た目はごくごく普通なのに。

それが彼らの病状。

すなわち世間からは、暴れているしつけのなっていない子供。というレッテルを貼られるということなのです。

ハンディキャップへの理解

よく聞く言葉だけれど、皆いまいち頭に入ってこない現実というやつですね。

病院での待合室で、彼らの観察をしていると感心してしまうのが、アーティスティックな表現力の豊かさ

絵を描いていたり、歌ったり、踊ったり、様々な過ごし方を見せてくれる彼らのパフォーマンス。

そのクオリティの高さに驚いてしまう。

一般的なコミュニケーションが苦手で生きづらい彼らは、普通の人としての生活表現がままならないにも関わらず、特殊な表現というステージに上がってしまえば、病的とも言えるレベルで能力が高い場合が多いのです。

とてつもなく興味深いこれらの出来事に出会えたおかげで、私は発達障害児の子育てを楽しまずにはいられない

みんな生きてくれていて本当にありがとう。
『こんなの病気じゃない』と発達障害児へ平気で怒鳴りつける指導者が、あの頃は本当にいました。
2019.1.26
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  • 親が発達障害を認めてくれなくて死にたくなるかもしれませんが大丈夫です。きっとあなたは幸せになれます。
  • 発達障害への理解を得るのは難しいですが、理解を得るのを諦めても良いでしょう。
  • 発達障害を理解して貰えないストレスなんて、愉快な妄想さえあれば吹っ飛びます。
  • 『こんなの病気じゃない』と発達障害児へ平気で怒鳴りつける指導者が、あの頃は本当にいました。
  • 一般人としての表現は苦手なくせに、特殊な表現は天才的な発達障害の子供たち
  • とても悲しい言葉だった『犯罪者予備軍』なんて言う保護者の声。でもみんな我が子を愛しているだけなのです